Retrospect 2007 (3) - 「知る」という終わりなきスパイラル
人間の頭脳が
人間にわかるほど単純だったら
何もわかるはずがない
― Jostein Gaarder
Peter Morvilleも『アンビエント・ファインダビリティ』で指摘していた情報格差の問題は、この一年でますます深刻さを増しているように思います。
インターネットを通じて絶え間なく新たなサービスが提供されるのに伴い、それらを使いこなせるような環境とスキルとリテラシーを持っている人々だけがますます“情報長者”になり、生活を豊かにすることができつつある一方で、社会全体を見渡せばITの恩恵を十分に享受できていない人は非常に多い。
一つの要因として現在は、生まれたときからデジタル技術に囲まれて育った「デジタルネイティブ(Digital Native)」と、パソコンやネットのない世の中に生まれて後からそれらを使い始めた「デジタル移民(Digital Immigrant)」(私はこちらですが)が共存している過渡期だという事実もあります。いずれ、世の中みんながデジタルネイティブだけになる頃には、そのような格差は過去の笑い話となるのかもしれません。
しかし、われわれのITに対するスタンスや態度は、このような外部環境の違いや世代という要因ですべて決まるわけではなく、各人の資質によるところも非常に大きいはずです。
結局、何かを「知りたい」という欲求や「知ろう」という意志がなければ、どんなサービスやツールやコンテンツが目の前にあろうが、何もないのと同じなのですから。
ITを活用することが仕事でもあり、日々の生活の一部どころか大部分になっている自分のような人間としては、どうすれば必要な情報を必要な人々に届けられるのかだけではなく、どうすればその情報を活かせる資質をその人々の中に育むことができるのかを考えるべきではないか、そう思うのです。
IAとしての仕事を通じて、「知る」ということの価値をいかに正しく伝えられるのか?
これは自分にとっておそらく永遠の課題の一つになるでしょう。
「知る」ことに関してもう一つ。
ダニング-クルーガー効果(Dunning-Kruger effect)という、社会心理学の分野で知られる現象があります。
これは、コーネル大学の2人の研究者の実験による理論として1999年に発表されたもので、「知識の少ない人間が、もっと知識の多い人々より自分の方が物事をよく知っていると思い込む」現象のことです。
実験に当たって彼らが立てた仮説は以下の4つで、結果的にそれらがほぼ証明されたのです。
- 無能な人々は、自分のスキルのレベルを過大評価する傾向がある。
- 無能な人々は、他者が持っているスキルを正しく認識できない。
- 無能な人々は、自分の無能さがどれほどのものかを認識できない。
- こうした人々も、本質的にスキルが向上するような訓練を施されれば、それまでのスキル不足に気づき、それを認めることができる。
なかなか耳が痛い指摘ですが、確かにこれらは経験的にうなずける事実でもあります。
たとえば、ある議論が有意義なプロセスや結果につながらず、ただの不毛な言い争いになってしまうのは、もちろん脊髄反射的に感情レベルで発言し合ってしまうことも原因ですが、往々にしてこのダニング-クルーガー効果の影響もあるように感じます。
やたらと自信満々で、ひたすら他者を言い負かそうとする人ほど、傍から見ると無知に見えることがないでしょうか?
誰にでも自分が知らないことはあります。
何かを知らないこと自体が悪いのではなく、“知らないことを知らない”ということから、弊害が生まれる。
不可知論とまではいかないつもりですが、私は「知る」というプロセスは終わりなきスパイラル構造であるのだと思います。
自分が知らないことをあれこれ調べてほぼ理解できたと感じる時、同時にさらなる疑問がわいたり、それまで無関心だったこととのつながりに気づいたり…ということは、誰もが経験していることでしょう。
「知る」というプロセスを一周終えると、そこにはゴールテープではなく、常にもう一周新たなプロセスへの入り口が待っているのです。
果たして全部で何周走るのか、それは自分の意志にかかっているわけですが。
そして、自分がいかに無知であるかを思い知らされるのは、決してただのネガティブな経験ではありません。
確かに多少落ち込みもしますが、
「ああ、世界はまだまだ広いし、これからもっともっと新しい発見ができるんだなあ」
と、まるで幼いこどものように未知への期待を感じたりもするのですから。
「知る」ことの価値を伝えるためにも、まず自分がその歩みを止めないことが一番大切だと肝に銘じて、新たな年を迎えたいと思います。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。


「無知の知」なんて、ソクラテスみたいな感じですね。まあ、太古からいわれることです。
投稿: 福澤@Wikia | 2007-12-27 07:55
そですね。
ダニング-クルーガー効果については、以下のブログ記事も参考になります。
http://nagablo.seesaa.net/archives/200709-1.html
投稿: noriyo | 2007-12-27 10:43
年末見た番組で将棋の羽生さんが、好奇心を持ち続けることで、常に次の目標が立ち現れてくるんだ、というようなことをおっしゃってました。知れば知っただけ、知らないことにキチンと気づいて、そこに向かって進む、そういうスパイラルだねー。
知るための道筋を設計するのがIAなのかもしれないんだけど、知らないことに気づかせる嫌味ないナビゲートが作り出せたら、それは最高かも。
投稿: きしもと | 2008-01-03 09:15
棋士の思考回路って、常人には計り知れない凄さがありますが、一番根っこにあるモチベーションは人間誰しもそう変わらないのかもですね。
いつか一緒にお仕事させてくださいw
投稿: noriyo | 2008-01-04 09:59