現在、IAIのボードメンバーを務めているAndrea Resminiと、彼の古くからの友人であるLuca Rosatiとの共著による書籍『Pervasive Information Architecture』は、情報アーキテクチャ(IA)とユーザエクスペリエンス(UX)を新たな角度から捉えた、非常に注目すべき本です。
IAの世界では、これまで『Web情報アーキテクチャ』、いわゆるシロクマ本(Polar Bear book)が、いわば教科書的な基礎知識体系のリソースとして広く支持されてきましたが、『Pervasive Information Architecture』はそれに匹敵するほどの重要なマイルストーンとなるかもしれません。
詳しくは今後少しずつ解きほぐしていくとして、まずはこの書籍の概要を紹介します。
最近では、たとえば雑誌で紹介されていた商品が欲しくなったとすると、まず販売店のウェブサイトで詳しい情報を知り、SNSで価格やレビューをチェックしてから、最寄りの店など一番便利な場所へ出かけて購入を済ませ、またネットでカスタマー登録をしたり追加/更新情報を入手するといったことはよくある。オフラインとオンラインの間を何度も行き来していることになる。
デジタル情報はサイバースペースから滲み出し、リアルな世界に戻ってきている。インターネットへのアクセスがコモディティ化し、携帯電話などのハンドヘルド機器に移行しつつあることで、ソーシャルネットワークはモバイルとの親和性を増して物理的に離れたユーザを常につないでいる。情報は“pervasive”に、つまりあまねく行き渡るようになり、ネットワーク化はいたる所で生じている。
境界というものは、どんどんあいまいになっている。なのに、別々の環境にまたがるシームレスなインタラクションを認知する共通の基準体系を我々はまだ持ち合わせていない。しかも、インタラクションのパターンは変化するものだから、ユーザはずっとそれに適応し続けなければならない。僕らはそろそろ、こんな風に頭を切り替えるべきだ:
- 製品のデザインから、サービスやプロセス、エコシステムのデザインへ
- インターフェースのデザインから、インタラクションのデザインへ
- 空間のデザインから、ユビキタスな生態系のデザインへ
この本は、経験則と方法論を源とした、IAとUXへのホリスティックなアプローチを提示している。それが目指すのは、古いメディアと新たなメディア、物理的環境とデジタル環境が、シームレスな総体として設計され、人々の元へ届けられ体験される、ユビキタスな生態系としての創発的システムのデザインである。
この本を読みながらまず浮かんできたのは、「Pervasive IA」を日本語に訳すとしたら何と呼ぶべきか?という疑問でした。
技術用語でカタカナの「パベイシブ」を含むものが一部に存在しますが、この単語の意味は広く知られているとは言えません。したがって「パベイシブ情報アーキテクチャ」などという訳語はほぼ意味不明なはずなので、「pervasive」はなるべく正確なニュアンスが伝わる日本語にしたい。しかし、あまねく行き渡るという意味では、「pervasive」よりはるかに普及している「ユビキタス(ubiquitous)」という単語があります。それなら、「ユビキタス情報アーキテクチャ」とすれば、かなり近い意味になるのではないだろうか? とはいえ、原語をまったく無視するのはやはり問題では?
・・・とあれこれ悩んだ末に、一番真っ当な方策として、Andrea本人とFacebookでこの本についてディスカッションしてみました。途中からPeter Morvilleも加わってくれたので、以下にその要点だけメモしておきます。
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Noriyo Asano Andreaへ:”pervasive”って”ubiquitous”と意味がよく似ていると思うんだけど、この本はなぜ「Ubiquitous Information Architecture」ってタイトルにしなかったの?
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Andrea Resmini その理由は、もっと昔からある「パベイシブ・コンピューティング」と「ユビキタス・コンピューティング」という用語が意味するアプローチの違いに関わっている。後者は“どこでもコンピュータが使えること”に重点をおいていて、どこへ行ってもネットワークにアクセス可能な「タッチポイント」があることを意味する(=強調されるのは、システム内の各要素)。前者はコンピュータ処理があまねく行き渡って環境に溶け込んでいることの方を主張する考え方だ(=強調されるのは、システムそのもの)。微妙な違いだし、人によってはそこまできっちり使い分けてもいないけど、自分たちはIAの観点からいま起きつつある変化をちゃんと言い残したかった。で、ユビキタスという言葉だとしっくりこなかったんだ。僕らのアプローチは「生態系」に対するもので、何か一つのタッチポイントについてのIA(だけ)じゃないからね。
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Peter Morville Andreaの解説には納得だね。ただ、ubiquitousの方が米国ではpervasiveよりずっとよく使われているけど。まあベストなタイトルはもちろん「Ambient Information Architecture」だと思うけどねw
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Andrea Resmini 正直言うと、何も付けない「Information Architecture」が一番だと思うんだ。でも僕らは、この本で自分たちが今までにない新しい考え方を論じているんだってことをはっきりさせなきゃいけなかった(それ、Peterも経験あるよね?)。きっとこの本は、僕らがIAというものをあえてpervasiveだと意識しなくなった時に、目標を達成することになるんじゃないかな。言うまでもないけど、この本があるのはPeterの『アンビエント・ファインダビリティ』のおかげさ。
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Peter Morville ありがとう!その一つ前のコメントにも、まったく同意だよ。
というわけで、「Pervasive IA」の訳語としては、上記のようなユビキタス性との微妙な違いを重視する必要もあることがあらためてわかりました。となると、「普遍的情報アーキテクチャ」や「遍在的情報アーキテクチャ」などとするよりは、「浸透型情報アーキテクチャ」とでもすべきかなという感じですね。
ただし、自分でもまだいまひとつな気がするのでさらに練ってみるつもりですが、ぜひみなさまのご意見もいただければ嬉しいです。
また、Andreaが先日ブログに書いた記事を読んだ際に、この本で提示しているのは社会科学で言うところの「構造主義的アプローチ」の一種なのだと感じました(それについても、Andreaと少し話しましたが)。
システムの個々の構成要素に着目して分析的に捉えるのではなく、システムの構造を成り立たせている要素間の相関性(corelation)を一段と重視して包括的な設計を行うのが、まさに現在必要とされている情報アーキテクチャ、すなわち「Pervasive IA」である。
それが、私自身の現時点でのざっくりとした理解です。
ここ数年、AndreaやPeter、またIAIのファウンダーの一人であるAndrew Hintonと、IAについていろいろな会話をしてきましたが、Andreaがこの本を出してくれたことが一つの区切りとなって、自分の中でも情報アーキテクチャに対する考え方がまとまってきたような気がします。それに基づいて、Pervasive IAについても、またあらためてじっくりと書くつもりです。
ところで、もしこの記事を読んでくださっているあなたが、IAやUXについてもっと知りたいと感じたならば、ぜひあなたも彼らのような海外のエキスパートたちとの議論にぜひ加わってください。
もちろん、議論は英語でする必要がありますが、自分の思いを伝えたいという熱意と、自分の発言にきちんと責任を持つ覚悟さえあれば、言葉の壁など関係ないはずです。とりあえず上記の3人ならば、SNSやメールでちゃんとした質問なり意見を伝えれば、きっと返事をくれると思います。そのチャンスを活かさない手はありません。
ここ日本からもっとたくさんの声が上がることで、国内のIA/UXコミュニティの扉が、世界に向かってより大きく開くことを願っています。
[...] ・情報アーキテクチャの現在形「Pervasive Information Architecture」 ・クロスチャネルの結晶 ・「World IA Day 2012」開催のお知らせ [...]
[...] 初日は現在IA InstituteのPresidentでもある、Andrea ResminiによるPervasive IAのワークショップに参加。Pervasive IAについては、浅野さんのblogにもあるように、Pervaisive(直訳では遍在、といった意味。偏在ではない。)の訳語を巡っての議論があるが(http://blog.iaspectrum.net/2011/07/30/pervasiveia/)、英語圏では意外と普通に受け入れられているようだった。 [...]
ごぶさたしてます。面白そうな本の紹介ありがとうございます。
pervasiveの訳語は難しそうですね。サイボーグや脳波測定などのinvasiveは侵襲と訳されてますね。シン(侵・浸・新)型ってのを思いつきましたw。
こちらこそご無沙汰してます、コメントありがとうございます。訳語に関してはFacebookの方でもいろいろなご意見いただいてますので、よろしければぜひお立ち寄りください
http://www.facebook.com/noriyo/posts/244320132256806
私がIA、UXに興味を持ったもともとの出発点は、2001年頃に、いわゆる「ユビキタス」と呼ばれるようなものの開発に携わったからで、なぜ「サービスマスター」のような、サービス全体を横断してユーザーの経験や満足度を上げるようなことがあまりされていないのか、という疑問からでした。
そういうことから、こないだのIA SummitでAndreaが参加していたサービスデザインのパネルディスカッションや、Justin Davisが「Toilet Paper and Information Sharing: Designing Compelling Information Ecosystem」というセッションで話していたように、インタラクションは連続していて、それぞれのタイミングで各デバイス間を情報、データがどのように移動するのかを考えてホリスティックな経験デザインが必要といった話が、私にはピンときました。
この浅野さんの記事を読むまで、Pervasiveという言葉を知らなかったのですが、感覚的にはなんだかすっと落ちました。本も読んでみたいと思いました。
とはいえ、同時に私が思うところは、設計やシステムが横断的、包括的であればあるほど、プロジェクトの成功を左右するのは、それをどう設計するかといったところよりも、結局はリーダーシップやビジネスマネジメントなのではないかという気も。最もプリミティブなUXというのが、「少なくともサービスが存在しつづけること」であるような気がするからです。
コメントありがとうございます!いつもReduxでもっと詳しいお話をうかがいたいと思いつつ、時間が取れずに残念なのです。
今回いただいたコメントからもいろいろ考えるヒントをいただき、感謝です。特に「とはいえ…」から後の部分、気になります。ぜひもっと詳しくお話できる機会があれば嬉しいです。