Adam Greenfieldが、ついにKloutに堪忍袋の緒を切らして、「ゼロ・クラウトの誓い(The #zeroklout pledge)」なるものを宣言した。
I will never attend a party, gathering or other event where, to my knowledge, Klout or a similar social influence ranking algorithm has been used as a selection criterion for invitation.
(招待客の選択基準として、自ら知り得る限り、Kloutまたはそれに類するソーシャルな影響度のランキングアルゴリズムを利用したパーティーや集会その他のイベントには、決して出席しないことをここに誓う。)
火種になったのは、New York Timesの「Are You a V.I.P.? Check Your Klout Score」という記事。ファッション業界のイベントやホテルでのパーティーなど、様々なオフラインのイベントでKloutスコアの高いユーザがVIP待遇を受けるようになってきたという、いささかバブリーな話だ。
Adamがこういう事態に物申すのは、自分にはとても良く理解できる。彼は『Everyware』のような本を書いてはいるが決してコンピュータやデジタル至上主義の人ではない。彼がいつも一番大切にしているのは、人間そのものなのだ。何年も彼の発言を追い続けて、私はそう感じている。
当たり前すぎることだが、人間の価値は数字で表現し尽くすことなどできない。
そして、自分が誰とつながり、関わるべきか、それはAdamが言うように、誰かが作ったアルゴリズムなどに頼らずに自分の感覚や本能で決めればいい。
Kloutを辞めようとすると、こんなメッセージが出た。
VIP Treatment
Businesses are starting to recognize the power of influencers to affect their brand. Your Klout can get you upgrades at hotels, free drinks in casinos, and upgraded flights. If you opt out of Klout, businesses will no longer be able to reward your influence.
辞めたらVIP待遇が受けられませんよ。
ホテルやカジノや空の旅で、特典が受けられませんよ。
…って、自分はそんな目的でKloutを始めた覚えはないのに、やはり今ではあからさまにそういうValue Propositionをしているのか。ユーザを餌で釣り始めたら、その行動にバイアスがかかってスコアの信頼性が損なわれてしまうはずなのに、残念。
自分自身が辞めたとはいえ、Kloutを利用すること自体を否定したり、他の人にまで退会を勧めるつもりはない。
ただ、私もAdamのように一個人として、何らかの形で意思表示をしたかった。辞めた理由はそれだけだ。
ここでふと思い出したのが、先日話題になっていた、新はてなブックマークについての伊藤直也氏のポスト。
ここで語られているのも、定量的アルゴリズムでソーシャルグラフの真価を表現しようとする試みにおける重要な課題だ。非常に考えさせられる指摘である。
もうすっかり昔の話だが、私はmixiもGREEも、ほぼサービス立ち上げ直後に入会したものの一年も経たないうちに退会している。その理由も、当時のこれらのサービスで実装されていたアルゴリズムに根本的な違和感を感じたためだった。
それについて書こうとしたらキリがなさそうなので、いずれまた。
Don Marti wrote about it a while ago:
http://zgp.org/~dmarti/business/business-model-for-twitter/