論理か利用か:活動中心デザインのよりどころ

この記事は、Don Normanによるエッセイ「Logic Versus Usage: The Case for Activity-Centered Design」の全訳です。
原文: Logic Versus Usage: The Case for Activity-Centered Design (2006)

Column written for Interactions volume 13, issue 6. © CACM, 2006. This is the author’s version of the work. It is posted here by permission of ACM for your personal use. It may be redistributed for non-commercial use only, provided this paragraph is included.

コンサルティングの仕事をしていると、企業の中の人々に対して、あなた方の考え方は論理的/合理的に過ぎますよと説明せざるを得ないことがよくある。人間のふるまいは、数学的な理屈や論法に従うことなどめったにない。エンジニアの物差しでは、人間のふるまいは非論理的で非合理的に見えることもあるのだ。しかし人間的観点からすれば、それはおおむね妥当なものであり、実際の活動や、周囲の環境や状況、より高次の目標に支配されているのだ。現実のふるまいを支援するには、活動中心デザインが必要となる。

何年も前に、文化人類学者ジャネット・ドハティ(Janet Dougherty)とチャールズ・ケラー(Charles Keller)は、鍛冶職人が使う道具をどのように整頓しているのかを研究した。そこで発見したのは、彼らが金づちを全部まとめて、きちんと棚に収めたりはしていないことだった。夜になれば片付けはするが、金づちは床の上で、金床やら火ばさみの脇に置かれたまま。どの道具も、いつ出番が来てもいいように、すぐ使える状態で配置されていた。それと同じで、腕のいい大工は仕事中、いつでも金づちのすぐそばに釘を用意している。言い換えるなら、行動のための優れた組織化とは、辞書の上での分類ではなく、人間活動の構造を反映しているというわけだ。ドハティとケラーは、この組織化の形態をタスコノミー(taskonomy)と称した。

人間中心デザイン(Human-Centered Design、HCD)のコミュニティで用いられるデザインツールの多くは、きちんと構造化され、念入りに組織化されたデザインにつながるものである。強力なカードソーティングや階層的クラスタリングのアルゴリズムによって、似たもの同士が近くにまとまるようにすることも多い。これを「工具店(Hardware store)方式」の組織化と呼ぼう。金づちは金づち売り場にあり、当然のごとくそこに勢揃いしている。釘は釘売り場にある。

工具店方式の組織化は、タクソノミーに基づくものだ。望まれるアイテムを、状況とは無関係に配置することが一番の関心事となっている図書館や店舗には適している。しかし、通常の分類に加えて、活動中心方式の組織化も行なうことを覚えた店舗もあることに気づいてほしい。たとえば、気の利いた食料品店では、ビールの隣りにポテトチップやプレッツェルを並べている。中には、紙おむつの隣りにビールを置いている店まである。夜遅くに紙おむつが足りなくなってあわてて買い物に来た客は、理由はともかくそこにビールがあれば思わず手に取ってしまうかもしれない。理にかなった、整然とした論理的デザインでは、こういう現実味あふれる行動には対応できないだろう。

ここで、ウォルター・モスバーグ(Walter Mossberg)がウォールストリートジャーナルに寄せたスマートフォンのレビュー記事について考えてみよう。彼が批判するのはTreo 700wとMotorola Qだが、どちらもマイクロソフトのOSを採用している。一方、賞賛するのはTreo 700pで、これはパームのPalm OS端末である。彼いわく、「Windows Mobileのソフトでは、メニューを開いたりその他の操作を進めたりする必要性が、そのOSの中でしか通用しない。」

また、デヴィッド・ポーグ(David Pogue)がニューヨークタイムスに寄せたMotorola Qのレビューの場合、見出しがすべてを物語っている。「すてきな電話、ぶざまなソフト(Lovely phone: Ugly software)」。どのソフトかって? マイクロソフトのWindows Mobile 5.0 OSのことだ。

「内蔵カメラで写真を撮ったら、次にすぐ使いたいメニューは何だろう? きっと「保存」か「送信」か「削除」だよね? それがこの電話では出てこない。どれもメニューの奥に隠れているんだ。たとえば、「送信」を選びたければ、あと4回もボタンを押さなきゃいけない。(Treoなら1回で済むのに!)」

Treoの700wと700pとの明暗は、とりわけ著しい。どちらも実質的にまったく同じ見た目で、同じ筐体で、同じハードウェアボタンを備えており、唯一の違いは700pがパームのOSを、700wがマイクロソフトのOSを採用しているという点だけだからだ。インタラクションデザインの面で、Palm OSは文句なしに勝っている。パームの組織化は活動を中心としているのだ。マイクロソフトやモトローラの組織化は、行動のカテゴリーに基づいている。

なぜこうなるのか? ここで登場した企業はどこも、つまりマイクロソフトもパームもモトローラのいずれも、優秀なユーザーインターフェースデザインのチームを抱えていることは承知の上だ。答えはこうなる。理由はどうあれ、彼らがインターフェースデザインを手がけるにあたって、企業ごとに異なる哲学に従っているせいなのだ。マイクロソフトとモトローラはタクソノミーに基づくルートをたどり、Media Stationや、WindowsおよびWindows Mobile OS向けに論理的できっちり構造化されたインターフェースを開発している。一方パームは、活動中心的な、タスコノミーに基づくルートをたどり、Palm OS上での活動を直接的に支援している。

この問題は、昨年書いた「有害とみなされる人間中心デザイン」と題したエッセイで表明した懸念に関わっている。HCDコミュニティが生み出しているデザインの多くは、あまりにも論理的すぎるのだ。それらは、工具店方式のアプローチで分類を行っている。この組織化の方法は、きちんと構造化された情報を取り出すにはふさわしいのだが、活動を直接的に支援するには不向きである。その両方とも必要なのだ。活動の準備として釘を集める場合には、釘は釘だけでまとまっている方がいいが、その活動の真っ最中には、釘は金づちのすぐそばにある方がいい。

これこそが、よくデザインされたソフトウェアでさえ失敗してしまう理由となる。これは、BMWがデザインした初代のiDriveで生じた問題だ。iDriveは、自動車の各種コントローラーやディスプレイを整然とまとめあげた車載システムである。しかし、活動のパターンへの対応ができていなかった。人のふるまいをサポートするための正しいアプローチとは、活動に基づく分類を行なうことなのだ。

活動中心デザインは、私たちが人間中心デザインについて学んできたことを何もかも引っくり返そうとしているのか? いやいや、そんなわけがない。活動による構造化は、HCDを一段と洗練したものだと考えている。タクソノミーによる構造化は、コンテキストを欠いている場合や、急に何か新しい情報やツールが必要になった場合には適している。だからこそ、このような構造化は図書館や店舗、ウェブサイト、OSのプログラムメニューなどで役立つ。しかし、いざ活動が始まれば、その先はタスコノミーが進路となる。一緒に使うもの同士は近くにまとめられ、どれをとってもタクソノミーの構造の中で論理的に配置されると同時に、支援する活動の中で生じるふるまいに見合った場所が他にもあれば、そこにも配置されることになる。

一番の解決策は、タクソノミーとタスコノミー、その両方のソリューションを用意することだ。ウェブサイトの場合、タクソノミーによる構造に従って理路整然とすべての項目をまとめつつ、いったん特定の項目を選ぶとタスコノミーによる情報が現れる例もある。たとえば、ECサイトでズボンを買おうとしている時に、それに似合う靴とシャツをおすすめしてくれるという風に。プリンターを探していれば、インクや用紙、その他の関連アクセサリーをおすすめしてくれる。本を買えば、関連するトピックを扱っている他の本をおすすめしてくれたり、時にはまだ購入検討中の本を買ったユーザーが他に買った本を教えてくれることさえある。過去の行動に基づくこのようなレコメンデーションは、論理に基づくレコメンデーションに勝っていることが多い。

行動中心デザインは、その使い方に従って体系化される。かたや従来の人間中心デザインは、他から切り離された、現実の日常的な利用状況を別にしたトピックに従って体系化している。そのどちらも必要なのだ。

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