情報アーキテクチャのシステム

著者:ピーター・モービル(Peter Morville)
翻訳者:浅野 紀予

工場を破壊しても、それを生み出した合理性が残っているかぎり、その合理性が再び別の工場を築き上げるだろう。革命によって政治体制をくつがえしても、それを生み出した体系的思考パターンが無傷のまま残っていれば、必ずそれに次ぐ体制が生まれてくる。今日ではシステムに関する議論が甚だ多い反面、それについて真の理解を持っている人はほとんどいない。

ロバート・パーシグ『禅とオートバイ修理技術』(1974年)

システム思考

先日、インフォメーションアーキテクトの心得にまつわる記事を書いていた時に、ウィキペディアの「システム思考(systems thinking)」の解説をつい読みふけってしまった。そこでジョン・ゴールという人物とその1975年の著書『General Systemantics』※訳注1に出会った僕は、すぐにいつもの図書館でその本を借りてきた(取り寄せてもらってね)。システムの仕組みとそれが失敗する理由についての、このウィットに富んだ、大胆不敵な理論を要約することなんてできないから、こんな引用章句*1 を紹介しておこう。

何らかの目標(ゴール)を達成するために、一つのシステムがつくられると、そのシステム自体が、新しい実体(エンティティ)として存在するようになる…以前は、たとえば国家間の戦争とかゴミ収集という単一の問題しか存在しなかったのに、いまや新しいシステムをどう機能させるかということだけでなく、システムそのものの存在から派生するさまざまな問題が付け加わるのだ。

ゴミ収集のケースで説明すると、本来の問題は、簡単にいえば、「このゴミをどう処理したらよいか」というものである。だが、ゴミ収集システムをつくり上げた後は、新しい領域の問題に悩むことになる。ゴミ収集組合との団体交渉、賃金と労働時間、寒冷日や雨の日の収集、ゴミトラックの購入と維持、走行距離と歩合支給、有権者の無関心、等々の問題がそれだ。

各々の問題を一つ一つ考察すれば、ゴミ収集システムをつくり上げ、かつ運用するのにともなう技術面の特殊な難しさにすぎないようにみえるが、実は、こうした問題は単なるゴミ収集問題だけでなく、いかなるシステムにも適用される一般法則が作用している例であるということを私たちは示そうと思う。たとえば、無断欠勤、こわれたトラック、ゴミ収集の停滞および運営資金の不足などは、一般法則「大きなシステムは、たいていは失敗する」の個別の例に当たる。

さらに、もしも収集員が、ゴミ収集の取決めをますます厳格にすれば、小枝やガラクタ、古いランプ等々を拾い上げなかったり、きちんと包んだゴミでも、それが規定の缶に入れてなかったからといって取り残していくことになる。その結果、納税者はみな公道沿いにこっそりゴミ投棄するようになり、元のもくあみの状態に戻ることになる。これは、ル・シャトリエの原理「システムは、その本来の機能に逆らおうとする」を証明した一例である。*2

システムとはその各部分の合計とは別のものであり、世間一般に考えられている以上にコントロール不能であるとするこの“見立て”は、インフォメーションアーキテクトとしての僕自身の経験に共鳴するところがある。構造と挙動とが交差する場所で汗水たらしている僕らは、コンテンツ管理がゴミ収集よりずっと厄介なこと*3、そして“システムはいつでもしっぺ返しする”ということを、身をもって学んできた。

もちろん、それでも僕らのやる気や好奇心は留まるところを知らず、やがて行き着いたのが『Thinking in Systems』のストック/フロー図だ。ドネラ・メドウズは、没後に出版されたこの本で、システム思考と情報アーキテクチャとをリンクする、もうひとつのきわめて重要なつながりをあらわにしている。

ことばだけでシステムを論じることには問題があります。単語や文は、必然的に、論理的な順序でひとつずつ出てくるしかない。でも、システムは一斉に生起するものなのです。ひとつの方向にだけではなく、同時に多くの方向につながる。そういうシステムというものを正しく論じるには、議論の対象としている現象と同じ性質を共有する言語を用いる必要があります。*4

どちらについても、分析と設計に用いるビジュアル言語は欠かせない。ノンリニア(非線形的)なモデル化を行なうには、サイトマップやワイヤーフレームに頼ることがあると思うけど、ストック/フロー図はシステム思考派にうってつけのツールとなる。

morville-01(蛇口を開けて)中に溜める水を増やしたり、(栓を抜いて)排水したりできる“浴槽システム”を思い浮かべてみよう。水位と水温についての情報に基づいて、制御が行なわれることになる(フィードバックループ)。

ごく単純なモデルにはストック(要素)とフロー(入力/出力)しかないが、もっと複雑なモデルはフィードバックループや限界、遅延などを統合していて、それらが一体となって成長や自己組織化、階層構造、振動、動的均衡、回復、崩壊を生み出していることになる。このシンプルな言語は、きわめて複雑な現象を記述できるし、情報アーキテクチャの今後のやり方を形づくるのは決定的だ。そこを説明しよう。

システム思考派としてのインフォメーションアーキテクト

インフォメーションアーキテクトは、根っからのシステム思考派だ。ウェブが生まれて間もない頃、僕らは個々のページよりもそれらの間にある関係性の方に注目する一派だった。今でも僕らは、情報体系やナビゲーション、検索システムを、全体を成す上で不可欠な部分としてデザインし続けている。

もちろん、僕らが実践していることの背景は移り変わっている。次第に、いくつものチャネルをまたがる体験に向けたデザインが必須となってきた。モバイル対応とソーシャル対応は、ほんの手始めだ。未来に優しい、クロスチャネルな僕らの情報アーキテクチャは、幅広いプラットフォームやデバイス、メディアに隈なく対処する必要がある。

そういう事情に刺激されて、僕らのコミュニティはメディアに依存しない見方を支持し、ウェブ中心型の世界観を脱するようになった。ホルヘ・アランゴは『Architectures』と題した記事で、そのあたりをうまく捉えている。建築家が形態と空間を用いて居住環境を設計するのに対し、インフォメーションアーキテクトはノードとリンクを用いて理解のための環境を作り出す。彼は、そう論じている。

クロスチャネル対応も、僕らのフレーム解析能力にかかっている。ウェブサイトを作ってから、モバイルやソーシャルやSEOの話をするようではもうダメなんだ。これらのシステムは、すべて錯綜し合っている。スコープについての素朴な疑問(「クロスチャネル戦略を立てる前からこんなモバイルアプリを作りたいなんて、本気なの?」とかね)を早い段階で挙げておけば、その成果が劇的に変わるかもしれない。“クサレ定義(defining the damn thing)”※訳注2は非生産的になることもあるけど、正しい参照系を選び、課題の境界をきちんと示す能力は、僕らにとってかつてないほど重要性を増している。

僕らはまた、情報と人とプロセスのより深い統合に取り組む覚悟をしなきゃいけない。ウェブサイトが、コミュニケーションのチャネルから何か用事を片付ける場所へと進化している以上、そこで表示する静的な情報だけじゃなく、入力や出力、フィードバックループにも対処することが必須だ。もはや僕らのウェブサイトは、体系をただそのまま反映したものじゃない。その体系の性質を変えるような、拡張的なものとなっている。主客転倒する事態が生じるようになったということだ。ここ数年のウェブガバナンスとコンテンツ戦略の急速な高まりは、ウェブサイトを複雑な適応型システムとみなす、この新たな現状を示唆している。

morville-02クロスチャネル体験と製品/サービス一体型システムのご時世に、サイトマップやワイヤーフレームを設計する場合には …
morville-03… カスタマージャーニーのマッピングや、システム力学のモデル化、業務プロセスやインセンティブや組織図への影響分析も共に行なわないと、ますます意味がなくなりつつある。

もうひとつ、システム思考な人たちと僕らが共有している見方がある。それは、情報の戦略的価値を人一倍信じるというスタンスだ。

情報はいくつものシステムを一緒に抱え込み、それがどのように働くのかを決める上で大きな役割を果たす。システム上の失敗の大半は、情報が偏っていたり、遅れたり、欠けていたりするせいで生じる。

情報の追加や復旧は強力な介入となる可能性があり、普通は物理的インフラを再構築するよりずっと手軽で安上がりだ。*5

変化を求める人たちは、システムの中で一番よく目につく要素やノードに焦点を合わせることが多いけれど、最大の影響を及ぼす力があるのは、目に見えないコネクションと構造的関係(ルール、フロー、マップ、パス、リンク、ループなど)なんだ。僕らはそこをよくわかっている。

情報アーキテクチャのシステム(または空間)

ドネラ・メドウズは、オランダの住宅の電力メーターについて、1970年代から伝わる素晴しいエピソードを語っている。アムステルダム近郊に、電力メーターの設置場所を除いてはまったく同じ造りの住宅が建ち並ぶ一画があった。メーターは、地下に設置されていることもあれば、表玄関にあることもあったという。やがて、メーターが目につく場所(表玄関)にある住宅は、他と比べて消費電力が30%少なくなった。ドネラいわく、

これは、システムの情報構造が大きな影響力を及ぼすポイントの一例です。パラメーター調整ではないし、既存のフィードバックループの強度を上げ下げすることでもない。新たなループが生まれて、それまでは行っていなかった場所までフィードバックを届けるようになったのです。*6

こういう文脈で、(この記事が掲載されている)「IAジャーナル(The Journal of Information Architecture)」のことも考えたくなる。するとここは、僕らの専門分野に特化された初の学術誌として、情報アーキテクチャのシステムに変化をもたらすこと間違いなしの、「新たなループ」と言えるだろう。

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ジャーナルは論文の引用を促し認知度を高めるから、研究者たちに対しては、このテーマについての研究活動を進め、その成果を発信するインセンティブが示されていることになる。もちろん、この単純なモデルは、情報アーキテクチャの実践者たちにジャーナルが及ぼす影響も、IA Summitが研究者たちに及ぼす影響も度外視したものだ。実際には、学術界と実業界の両方から集まる精鋭たちにとって、ジャーナルとIA Summitのどちらも、活気ある出会いの場として役立っている。

まさにそこにあるのが、マップというものの実力であり、危険性でもある。マップとは、そこに含めることができるもの以上に多くのものを省略しているし、答えよりも問いを引き出すものだから。それでも、システム思考派な仲間たちは、こんなことを思い出させてくれる —「世界について僕らが知っているつもりのことは、どれもこれもひとつのモデルだ」とか、「現実の明確な表現としての言語は、戦略や構造、あるいは文化よりも先に、原初から存在していた」とかね。インフォメーションアーキテクトとして、マップやモデル、言語を実験材料とすること、そして山ほどの問いかけをしてみることは、僕らの責任であり特権でもあるんだ。

そんなIA精神に則り、最後にいくつかの引用と問いかけを掲げて、この話を締めくくるとしよう。

  • ひとはしばしば、安定性、あるいは生産性と引き換えに、回復力(resilience)を犠牲にする。
  • 遅延の長さを変えると、挙動は一変するかもしれない。
  • 計測可能なことだけじゃなく、重要なことに注意を払おう。問題に対する思考の正しい境界は、学問の世界での境界や政治的な境界とは、めったに一致しない。
  • パラダイム(目標や構造、ルール、遅延、フィードバックが現れてくる思考の枠組み)は、システムの源だ。*7

これらひとつずつについて、こう問いかけてみよう: それは、僕らがデザインするシステムにどう応用できるだろう? 情報アーキテクチャのシステムには、どう応用できる?

たとえば、こんな具合だ。学術研究の成果をどのように取り入れれば、僕らの情報システムや、実践的コミュニティを打たれ強くすることができるのか? *8 これまで作ってきた団体や会合(IA Institute、IA Summit、Euro IA、World IA Day などなど)だけでもう十分なのか、それとも新たなループや干渉が必要なのか? 情報アーキテクチャは、学問分野のひとつ? それは形あるものの間にある空間、ノードというよりリンクみたいなもの? 結局のところ、情報アーキテクチャのパラダイムとは何か、そのゴールとは何なのか? 僕らのシステムがそれ自体の本来の機能に反するとしたら、いったいどういうことになるんだろう? 地球は宇宙の中心じゃないと学ぶことは、情報アーキテクチャの世界で言えば、どんなことに相当する? これらの問いへの答えは、僕にもわからない。でも、僕らにはこういう問いかけができる場所があり、ひたすら理解に向かおうとするコミュニティがある。それは、とてもありがたいことだ。なぜなら、ジョン・ゴールが教えてくれたように、「コミュニケーションが意味するものとは、かならず結果を出すふるまいのこと」なのだから。


脚注

※訳注1 第2版で『Systemantics』と改題され、日本語版『発想の法則―物事はなぜうまくいかないか』(ダイヤモンド社、1978年)も発売された。
*1 ホルヘ・アランゴ(Jorge Arango)は『Architectures』と題した記事で、引用章句という用語を「元々意図されたコンテクストの外で体験されても、引き続き本来の意味を伝える特別な種類のノード」と定義している。
*2 Gall 1975年。
*3 ポール・ドーリッシュとジュヌビエーブ・ベルは、著書『Divining a Digital Future』の中で、我々がものごとの乱雑さにたびたび驚かされる理由を説明している。「しかし、インフラというものは常に不公平に配分され、常にゴタゴタしているのに、シームレスなインフラを前提条件とする戦略を取るなら、ややこしい現状が無視されかねない。無期限延期状態のユビキタスコンピューティングの未来は、そのニーズがこういう複雑さを考慮に入れようとしないもののひとつだ」
*4 Meadows 2008年。
※訳注2 IAコミュニティでは昔から、情報アーキテクチャとは何かという定義をめぐって終わりのない議論が繰り返されているが、そのことを指す常套句としてこのフレーズが定着している。「DTDT」という省略形が使われることもある。
*5 Meadows 2008年。
*6 Meadows 2008年。
*7 Meadows 2008年。
*8 Campbell & Fast 2006年。


参考文献

  • Arango, J. (2011). Architectures. Journal of Information Architecture. Vol. 3, No. 1.
  • Campbell, D. G., & Fast, K. V. (2006). From Pace Layering to Resilience Theory: The Complex Implications of Tagging for Information Architecture. Information Architecture Summit. Vancouver, BC. http://www.iasummit.org/2006/conferencedescrip.htm#164
  • Dourish, P. & Bell, G. (2011). Divining a Digital Future: Mess and Mythology in Ubiquitous Computing. MIT Press.
  • Gall, J. (1975). General Systemantics. General Systemantics Press.
  • Meadows, D. (2008). Thinking in Systems. Chelsea Green Publishing.

記事原文

Editorial: The System of Information Architecture

著者プロフィール

情報アーキテクチャの分野を開拓した先導者の一人であり、ルイス・ローゼンフェルドと共に『Web情報アーキテクチャ』の著者として知られるピーター・モービルは、最近では英国のサッカープレイヤー(自称)として、またデジタルライブラリアンとして活動中。著書『アンビエント・ファインダビリティ(Ambient Findability, 2006年)』『検索と発見のためのデザイン(Search Patterns, 2010年)』は、いずれも浅野が翻訳を担当。現在、次回作となる『Intertwingled』の執筆を進めている。
Twitterアカウント: @morville

この記事について

  • architexture.jp にて浅野紀予が翻訳した2014年2月4日付のオリジナル記事を転載しています。
  • 当記事の著作権は著作者に帰属します。